犬・猫の痛み(痛みのみつけ方・つきあい方)

 

 WHOが発表した世界保健統計2023年版によると、日本人の平均寿命は84.3歳(男性81.5歳、女性86.9歳)でした。平均寿命とは、0歳の人の平均余命のことを言います。そして、日本人の健康寿命は74.1歳(男性72.5歳、女性75.5歳)でした。健康寿命とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義されています。寿命が長いことはよいことですが、健康寿命ももっと延ばしていけるとよいですね。

 日本人の寿命が延びたのは、医療、生活環境、衛生環境、食事、社会制度などの充実によると思われますが、動物たちも昔に比べて様々なものが充実したため、寿命が延びて私たちと長い時間が過ごせるようになりました。長生きができるようになった動物たちの健康寿命も長くなることは飼い主さん、獣医師とも共通の願いです。言葉を語れない動物たちの体調の変化は行動や表情からくみ取ってあげる必要があります。若いころよりも活動性が低下したとき、「年だから」だけで済まさず、もう少し手助けをしてあげることによって動物たちの健康寿命を延ばすことができるかもしれません。

 

 犬は猫よりも行動の変化から慢性痛があることがみつけやすいかもしれません。犬の痛みは、どこかをかばった動きをしたり、決まった場所をなめていたり隠したりしていないか、いつも通り元気に活動的か、リラックスしているか、不自然に鳴くことはないか、食欲はあるかなどの変化を見て、飼い主さんが日ごろとの違いに気づくことがあります。

 猫は犬に比べて痛みを隠す傾向があることから犬よりも「痛みを抱えていることに気づく」ことが難しいとされています。近年、痛みを抱えている猫は表情に変化が現れるということがわかってきて、「動物のいたみ研究会」と「株式会社Carelogy」によって、猫の顔の表情をAIで分析することで、猫が「痛みを抱えている顔」をしているか否かを判別できるツールが開発され、90%以上の精度で「猫が痛みを抱えている表情」をAIで判別できるアプリ(CPD: Cat Pain Detector)の開発に成功したそうです。CPDは猫の写真を撮影するか過去に撮影した写真を選択してアップロードすることにより、「痛みの表情があるかどうか」を判別するそうです(CPD: Cat Pain Detectorの無料リンク https://cpd.carelogy-japan.com/。このアプリはとても有用なものですが、現時点で100%の痛みを判定できるものではありませんし、犬などの他の動物に応用できるものではありません。

 

 毎日一緒に暮らしていると「この子はいつもこんな感じ」と思ってしまいますが、5年前、10年前はどうでしたか?もしかしたら、鳴き叫ぶような激痛や、急性痛(特定の病気や、外傷・外科手術などに伴う痛み)ではなくても慢性痛(3か月以上続く痛み)を抱えて「痛みをかばう行動」をとっているかもしれません。その痛みはケアしてあげることによって、活動的な本来の姿を取り戻してあげることができるかもしれません。

 動物病院では、犬や猫その他の動物の痛みについて、体温、脈拍、血圧、呼吸数、問診、視診、触診、行動の観察、レントゲンなどで痛みを判断しますが、まずは飼い主さんの「気づき」が必要です。以下に犬の「慢性疼痛に関するポイントチェックリスト」を上げました。愛犬についてあてはまるものはありますか?

 

 

慢性疼痛に関するポイントとチェックリスト

 

 

 活動を低下させる運動器疾患の例として変形性関節症の罹患率を見てみると、2009年の日本人では膝での発症例が6~7人に1人、腰での発症例が3人に1人というデータがあります。それに対して犬の推定発症率(1997年データ)は5頭に1頭と報告されています。高齢犬を対象とした場合、変形性関節症と変形性脊椎症の罹患率は、1011歳では40%(5頭に2頭)前後、12歳を超えるとほぼ50%近く(2頭に1頭)にのぼるといわれています。これらの病気は大型犬のほうが発生率が高い傾向がありますが、大型犬以外にもポメラニアン・柴犬・コーギー・シェルティーなど、発症率が高い犬種があります。猫を対象とした場合の同罹患率は1011歳で45%前後、12歳を超えると急に増加して70%の罹患率なのだそうです。

 

 犬の変形性関節症の主な症状は、跛行・疼痛など、変形性脊椎症の主な症状はふらつき・麻痺・背部痛などですが、特に変形性脊椎症の症状はわかりにくいことが多いです。猫の変形性関節症では、ジャンプができなくなる(70%以上の例で認められる)・高いところから飛び降りられない・階段を上がらない・寝てばかりいる・あまり動かない・トイレの使用が難しくなる・グルーミングをしなくなる・爪が伸びている・怒りやすくなる・・・。など他にも様々な兆候が見られます。過去の調査によると、6歳以上の家庭猫では60%以上、14歳以上では80%以上、少なくとも1か所以上の変形性関節症が存在していることがわかりました。また、別の調査でも12歳以上の猫の90%は変形性関節症に罹患しており、特に肘関節での発症が多く、脊柱では腰の辺り(腰仙椎領域)での脊椎症が多いと報告されました。寝てばかりいるのは、単に年を取ったためだけではなく、痛みのために夜間の眠りが浅く、日中も寝不足のためにうつらうつらしていることもあります。それはかわいそうですよね。

 

 痛みの管理としては、外科手術、内科療法、理学療法(リハビリテーション)、栄養管理などがありますが、実はそれだけでは不十分で、体重管理(もっとも重要)、運動様式の変更、段差の解消などの環境整備などが大事です。外科手術に関しては適応症例と手術適応外の症例があります。内科療法には痛みの程度や動物の体調や性格・飼い主さんの都合などによっては注射・内服などの薬剤を選択します。内服には動物用医薬品以外にサプリメントもよく利用します。サプリメントも痛みの緩和に有効なものがいろいろ出ています。ちなみに、サプリメントによく含まれる成分のグルコサミンは、動物用医薬品とは異なる作用機序によって抗炎症作用を示し、関節痛の軽減をもたらします。コンドロイチン硫酸は、関節内の軟骨を分解する酵素を抑制します。実はこれらのグルコサミンやコンドロイチン硫酸には関節保護の作用は認められていません。しかし、グルコサミンやコンドロイチン硫酸は関節炎の進行を遅らせ、関節の機能改善、症状緩和などには有効であることはいわれています。

 

変形性関節症などの痛み(慢性痛)のある動物について最も配慮する必要があるのは体重管理だといわれています。肥満は関節疾患以外にも心疾患、内分泌疾患、皮膚疾患、呼吸器疾患、泌尿器系疾患などその他いろいろな疾患が関連してきます。まさに肥満は万病のもととなります。体重過多または肥満は股関節形成不全や股関節と他関節の変形性関節症を進行させる重要な因子とされていますので、減量は有用な治療法の一つになります。体重減量プログラム成功のためには、飼い主さんとその家族全員の協力と意欲が重要になります。

 

また、慢性痛の管理には食事による減量のみならず、理学療法も同時に行うことが重要であり、効率もよいとされています。体重増加があると運動不足がおきやすく、関節の状況を悪化させます(体重増加・筋萎縮→関節負荷の増大→関節の炎症・組織の障害→関節痛→運動量の低下→体重増加・筋萎縮→・・・)。

犬の変形性関節症における理学療法の目的は疼痛の軽減、筋機能の最適化、関節可動域の維持などがあります。まずはベースとして環境の改善を実施し、その後に運動の計画を立て、ホームエクササイズを実施し、理学療法を取り入れます。ホームエクササイズとして、筋力強化(座り立ち運動、伏せ立ち運動、定期的な散歩(緩い坂道も効果的))、関節可動域運動(PROM:他動的関節可動域訓練、ストレッチ)、バランス運動(ボール・ロール・ボード)、マッサージ療法やハイドロセラピーなどがあります。

 

家庭でできるエクササイズに散歩をあげましたが、散歩は引き紐での制御下で足場の良いところで行います。1215/km3060分の散歩が有効とされています。最低でも5/3/日は行いたいところです。座り立ち運動、伏せ立ち運動もとりいれ、直進だけでなく、曲線歩き(ウェービング)や円周歩行も取り入れるとよいでしょう。関節可動域に関する運動(PROM)としては、無理に可動域を広げるのではなく、関節をゆっくりと優しく曲げて動かし、少しずつ可動域を広げていきます。関節を伸ばすストレッチを行うときは最大に伸長させた状態で1530秒以上キープします。また、屈伸運動は必ずまっすぐ地面に足をついて、足先が地面によって負荷がかかる姿勢で行います。寝たきりの動物の場合は立つことができないので、足裏に圧がかかるように手を添えて屈伸運動を行います。その他特別な道具を使った運動にはバランスディスク、バランスロールボール、カバレッティ・レール、水中運動(水中トレッドミル、自由遊泳、水泳)などがあります。できるものから取り組んでみましょう。飼い主さんだけでは難しいときは(特別な道具・設備を提供することはできませんが)動物病院でもお手伝いいたします。

 

慢性痛は動物や飼い主さんにとって長い付き合いとなります。もし、動物が痛みをかばいながらやり過ごしているのなら、体重の管理、環境の見直し、理学療法(リハビリテーション)、必要な時には獣医師による内科治療や外科治療を考えてみてください。動物が自分で動けなくなってしまったら、飼い主さんの生活や身体にも想像以上の負荷がかかります。家族みんなの健康と幸せを守り、健康寿命を延ばしましょう。

 

 

参考文献: 研究会・セミナー | 動物のいたみ研究会 | 公益財団法人 動物臨床医学研究所 (dourinken.com)

WASAVA 疼痛の判別、診断と治療のガイドライン

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