微生物ってどんなもの?

~細菌、ウイルス、真菌、原虫についてくわしく~

 

 私たちの身の回りにはたくさんの微生物・・・目に見えない小さい生き物たちがたくさんいます。それらのうち、細菌、ウイルス、真菌、原虫について詳しく書いてみたいと思います。これらの微生物の違いってわかりますか?微生物の中には人間の生活に役立つものもいろいろありますが、今回は病気をおこす原因となる病原微生物を中心にみていきたいと思います。細菌、ウイルス、真菌、原虫の比較を下に示します。

 

表 細菌、ウイルス、真菌、原虫、ヒトの細胞の比較

 

 細菌

ウイルス

真菌

原虫

ヒトの細胞

大きさ

0.510

2030

210

120

6~25

核膜

なし

なし

あり

あり

あり

細胞壁

あり*

なし

あり

なし

なし

自力で増殖

できる*

できない

できる

できる

できる

*例外あり   1㎜=1000 11000

 

これらの病原微生物は、環境からの水平感染(接触感染、空気感染(飛沫感染は空気感染の一つの様式です)、経口感染、)や、母子間の垂直感染(経卵感染、胎盤感染、産道感染、母乳感染)で感染を広げていきます。

 

細菌

 細菌の細胞の遺伝子は私たちの細胞(真核細胞)と異なり、核膜に囲まれておらず(原核細胞)私たちにはない細胞壁をもっています。細菌はその形状から「球菌(まるい形)」、「桿菌(細長い棒状)」、「らせん菌(らせん状)」に分けられます。また、細菌の細胞壁のタイプは染色の反応(染色性)によって大きく2種類に分けられ、『グラム染色』を行うと濃い紫色に染まる「グラム陽性菌」、ピンク色に染まる「グラム陰性菌」に分けられます。「グラム陰性菌」は細胞壁の外側に『リポ多糖類』などの外膜におおわれ、細菌が死滅したときに外膜がはがれてヒトなどの細胞に作用すると免疫をかく乱し、ショック症状を引きおこすなどの毒性を示すことがあります(内毒素、エンドトキシン)。犬や猫の『子宮蓄膿症』の時に「手術が無事に終わってもしばらくは入院して経過観察が必要です」とお話するのはこのエンドトキシンショックを警戒しているからなのです。また、「グラム陰性菌」は、この外膜があるために抗菌剤や消毒薬が菌内に入りにくい構造になっています。

 細菌は形状やグラム染色性のほかに『増殖の条件に酸素を必要とするか』という特徴でも分類されます。それらは好気性菌(酸素がないと増殖できない菌)、微好気性菌(310%程度の時のみ増殖)、通性嫌気性菌(酸素があってもなくても増殖でき、無酸素状態では発酵する菌)、偏性嫌気性菌(酸素があると増殖できない菌)、CO2要求性(二酸化炭素が510%あるとよく増殖する菌)などがあります。また、細菌の中には、おかれている環境が悪くなると『芽胞』という緊急避難シェルターのようなものを形成して生き残りをはかるものもいます。この『芽胞』は100℃の高温や一部の消毒薬では死滅しません。そしてこの『芽胞』は条件が良くなると発芽して増殖を再開します。細菌感染の治療には抗菌剤(抗生物質など)が使われますが、多剤耐性菌の問題などもあり新薬の開発と耐性菌出現の「いたちごっこ」が続いています(後述)。以下に代表的な細菌をいくつか挙げてみます。

 

黄色ブドウ球菌(グラム陽性通性嫌気性球菌)

黄色ブドウ球菌は私たちの手指を含めた皮膚から鼻腔などの粘膜まで、身体のいたるところに常在する菌です。ほとんどの細菌は塩分を苦手としますが、黄色ブドウ球菌は10%程度の塩分濃度でも生きていける菌(耐塩菌)です。たとえば塩むすびにくっついても生きのびて増殖してしまう菌です。また、黄色ブドウ球菌は増殖するときに「エンテロトキシン」という毒素を産生し、この毒素は菌が死滅した後も食品中に残り、消化酵素や熱にも抵抗があるため、黄色ブドウ球菌に汚染された食品を食べることによって嘔吐・下痢を伴う食中毒(毒素型食中毒)の原因となります。黄色ブドウ球菌は食中毒や皮膚の化膿のほかにも中耳炎、結膜炎、肺炎、尿路感染症、多剤耐性菌によるMRSA肺炎やMRSA腸炎などの感染症の原因になります。

また、ブドウ球菌の仲間には、ほとんど病原性のない表皮ブドウ球菌などがあります。表皮ブドウ球菌もアトピーなど皮膚のバリア機能が低下しているときや過剰増殖した際には皮膚炎の原因となることがあります。

 

キャンピロバクタ―(グラム陰性微好気性桿菌)

食中毒の代表的な原因菌のひとつです。加熱不十分な鶏肉や生の鶏肉の付着などで、包丁やまな板、調理器具などが汚染され、それを介して食品に菌が入り込み食中毒(感染毒素型食中毒)の原因となります。キャンピロバクタ―は長い鞭毛をもち、コルクスクリューのような形態をして、くるくると動き回ります。犬猫の腸管内には常在の菌ですが、増えすぎると消化器症状(嘔吐、下痢など)をおこします。キャンピロバクタ―はヒトにとっては食中毒の原因菌となるので、犬猫に触った後はきちんと手を洗い、口移しで食べ物を与えることはしないようにしましょう。

 

サルモネラ菌(グラム陰性通性嫌気性桿菌)

サルモネラ菌も代表的な食中毒の原因菌のひとつです。サルモネラ菌は加熱で死滅しますが低温でも増殖し、生や加熱不十分な卵からの食中毒の報告もあります。サルモネラ菌も犬や猫、カメなどにとっては常在菌なのでキャンピロバクタ―同様、動物たちの接し方には節度を持ってください。

 

大腸菌(グラム陰性通性嫌気性桿菌)

ヒトを含む動物の腸内に常在しています。ほとんどが無害なのですが、5種類の病原性大腸菌が知られており、下痢などをおこします。O-157で有名な腸管出血性大腸菌も病原性大腸菌の5種類のうちの1つです。病原性大腸菌が腸管内で増殖するときに「ベロ毒素」と呼ばれる溶血性の毒素を産生します(感染毒素型食中毒)。特に乳幼児や高齢者では溶血性尿毒症症候群がひきおこされ、重症化すると致死率も高くなります。

 

クロストリジウム属(グラム陽性偏性嫌気性桿菌)

クロストリジウム属は酸素のない環境下で増殖し、芽胞を形成する菌です。ハチミツに混入したボツリヌス菌の芽胞が消化管内で発芽して毒素型食中毒を起こす可能性があるため、1歳未満の幼児はハチミツの摂取をひかえるように言われています(大人は大丈夫です)。

ウェルシュ菌やセレウス菌は土壌やヒト、動物の消化管に正常でも少しいますが、増えすぎると下痢の原因になります。食事の変更、ストレスなどが消化管内細菌叢のみだれをひきおこし、クロストリジウム属(ウェルシュ菌やセレウス菌)の増加のきっかけとなることがあります。ウェルシュ菌は室温においたカレーの温めなおしで、セレウス菌は室温においたチャーハンやピラフ、米飯、などでおきる食中毒の原因菌となります。

 

 

ウイルス

ウイルスは私たちの細胞や細菌と比べてもとても小さい生物です。ウイルス粒子は遺伝子である核酸(DNAあるいはRNA)を「カプシド」というタンパクの殻で取り囲んでおり、この核酸とカプシドからなる構造を「ヌクレオカプシド」といいます。ウイルスの種類によっては「ヌクレオカプシド」の外側を脂質と糖タンパク質からできた「エンベロープ(被膜)」で覆っています。

ウイルスは自分自身を複製するための情報(遺伝子)は持っていますが、その情報に基づいて新たなウイルスを組み立てていく設備や材料は持っていません。そこでウイルスが増えるためには生きた細胞に感染してその細胞の材料や酵素、エネルギーを利用しなければなりません。ウイルスは自分にとって都合の良い(感染のできる)細胞を見つけて取り付き、感染します。この時まずウイルスは細胞表面に存在するレセプター(受容体)に吸着してそこから細胞内に侵入して遺伝情報である自身のDNARNAや酵素類を放出します(脱殻)。その後侵入した細胞のシステムを利用してウイルス自身の遺伝情報を複製、転写、翻訳し、最後にその侵入した(感染させた)細胞を破壊しながら出芽して子孫のウイルスを放出していきます。

 

狂犬病ウイルス(ラブドウイルス科・RNAウイルス・エンベロープあり)

犬を飼育している人は犬の生涯1回の登録と年1回の狂犬病予防注射が義務付けられています。狂犬病は今日日本では発生はありませんが、海外では日常的にみられる(毎年3.5万~5万人が死亡)病気です。発症するとヒトも犬もほぼ100%死亡し、治療法もない現代でも恐ろしい病気です。狂犬病ウイルスは銃弾型をしており、ヒトや犬だけでなく、全ての哺乳類や鳥などの恒温動物が感染します

 

コロナウイルス(コロナウイルス科・RNAウイルス・エンベロープあり)

コロナウイルスはいくつかの種類があり、ヒトでは現在7種類が知られています。このうち4種類はいわゆる普通の風邪、残りの3つは21世紀になってから出現してきた新型のコロナウイルスであるSARS(重症急性呼吸器症候群)MERS(中東呼吸器症候群)、COVID-19(今世界で大流行している新型コロナウイルス)です。ここではヒトのコロナウイルスについて深くは論じませんが動物にも動物の病気をおこすコロナウイルス感染症があります。

 

犬のコロナウイルス感染症

犬に比較的軽症の下痢や嘔吐をおこすコロナウイルス感染症は子犬期にパルボウイルス感染症や細菌と混合感染し重篤化することがあるので注意をする必要がありますが成犬では症状を表さないことも多くほとんど問題になることはありません。

猫のコロナウイルス感染症

猫では稀に軽度の下痢などの消化器症状をおこすものが一般的にみられるコロナウイルス感染症なのですが、何らかの原因でそのコロナウイルスが変異して強毒化し「猫伝染性腹膜炎」という病気をおこすことがあります。猫伝染性腹膜炎は腹水や胸水の貯留、内臓に肉芽腫の形成、食欲減退、発熱、嘔吐、下痢、てんかんなどの症状を示し致死的な経過をとることもある怖い病気です。

 

インフルエンザウイルス(オルソミクソウイルス科・RNAウイルス・エンベロープあり)

インフルエンザウイルスにはABCD4つの型があり、BC型はヒトのみが感染します。A型はヒト、鳥類、馬、豚、フェレットなどが感染し、D型はヒトには感染せず、牛、豚、ヤギ、ラクダ、ヒツジなどに感染します。インフルエンザウイルスは変異しやすいウイルスの代表ですが、それは毎年流行する一般的なインフルエンザウイルスA型のことを指しています。A型は他の型と異なりたくさんの亜型(140種類以上)があり、しばしば突然変異も起こるため新型のウイルスが次々に現れます。インフルエンザA型ウイルスは最も流行しやすいうえに症状が重く、鳥や豚などの動物からヒトにも感染する厄介なウイルスです。

時々耳にする鳥インフルエンザもA型のインフルエンザウイルスです。特に鳥に対して高い感染力と致死性を示すものは「高病原性鳥インフルエンザ」として分類されます。この高病原性鳥インフルエンザウイルスはほとんどヒトには感染しないとされていますが、海外では少数ながらヒトの感染・死亡例も報告されているので、今後ウイルスの変異によりヒトに感染しやすくなることがないかどうか警戒されています。

 

重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルス、新型ブニヤウイルス感染症(ブニヤウイルス目 フェヌイウイルス科・RNAウイルス・エンベロープあり)

2011年に中国の研究者によって初めて報告された新型のウイルス。マダニが媒介し(病気を運ぶ)、動物だけでなくヒトにも感染し、致死率の高い怖い病気です。動物では犬も感染しますが猫のほうが感受性、致死率ともに高い病気です。日本での感染報告は2013年が最初ですが、これから増えていくことが心配されている新しい感染症です。2017年には野良猫を保護した人がその猫に咬まれてSFTSで亡くなってしまった例や、飼い主さんがSFTSに感染した犬を看病していてその動物から感染してしまった例も報告されています。動物のみならず、ヒトもマダニの潜む草むらに注意し、SFTSに感染した動物の血液、体液との接触や動物が体にマダニをつけて運んでくることからの感染を防ぐために犬猫のマダニの予防も徹底したほうが良いと思われます。

 

ヘルペスウイルスヘルペスウイルス科・DNAウイルス・エンベロープあり)

ヒトでは水ぼうそうや口の周りのプツプツ、帯状疱疹をおこしますが、小動物では猫の伝染性鼻気管炎が重要です。ヘルペスウイルスは一度感染すると神経節に潜んで一生消えて無くなることはありません。いったん症状が落ち着いても、体調の変化やストレスなどで再び症状を現す(日和見感染)という特徴があります。

猫の伝染性鼻気管炎では、鼻炎、副鼻腔炎、結膜炎などの風邪の症状を示します。なかには慢性化し、蓄膿症(慢性副鼻腔炎)になってしまうこともあります。猫は鼻炎でにおいが感じられないと食べ物を認識できず食欲が落ちてしまいます(犬や猫の食欲には嗅覚による刺激がなにより重要なのです)。慢性経過をとることが多い病気ですが、子猫の場合重症化すると亡くなってしまうこともあります。定期的なワクチン(コアワクチン)にも含まれる病気です。

 

パルボウイルス感染症(パルボウイルス科・DNAウイルス・エンベロープなし)

パルボウイルスはヒトでは伝染性紅斑(りんご病)をおこすウイルスとして知られています。幼児や子供の感染が多く通常は合併症もなく自然治癒し一生の免疫ができます。ただし、妊婦さんがかかると死流産の危険があるので免疫を持たない妊婦さんは要注意です。パルボウイルス感染症はヒトと動物の間で感染しあうことはありません。

 

犬のパルボウイルス感染症

犬のパルボウイルス感染症は定期的なワクチン(コアワクチン)にも含まれるもので、犬の病気の中でも致死率が高く感染力も強い怖い病気の代表格です。子犬に多い腸炎型は食欲不振、激しい嘔吐や下痢、血便、白血球減少、脱水、エンドトキシン血症をおこし、最悪の場合12で死亡します。子犬期を過ぎた犬では突然死をおこす心筋型もあります。

猫のパルボウイルス感染症

猫のパルボウイルス感染症は「猫汎白血球減少症」と呼ばれ、年齢を問わず発症し、犬同様感染力、致死率も非常に高い怖い病気です。高熱、元気消失、食欲不振に始まり、重症例では急激かつ激しい嘔吐、下痢をおこします。骨髄にパルボウイルスが増殖すると急激に白血球が減少し、免疫力低下、腸のあちこちから出血し下血、黒色下痢がみられます。感染末期には重度の脱水、エンドトキシン血症により死亡します。犬同様、猫のパルボウイルス感染症は定期的なワクチン(コアワクチン)にも含まれます。

 

パルボウイルスは環境中にも数か月以上生存し、動物の足や人間の靴の裏、その他にくっついてどこでも運ばれる可能性があります。また、60℃、1時間の加熱処理でも死滅せずアルコール、クレゾール、逆性せっけんなども無効です。ウイルスを死滅させるためには次亜塩素酸ナトリウム、ホルマリンでの消毒が必要です(ホルマリンは現在一般的には簡単に入手することはできません)。パルボウイルスはとても恐ろしい病気で感染力も強いので世界中に広まりましたが、そのためにワクチンが作られ、幸運にも治癒して強い免疫をもつ犬や猫が増えたことなどにより昔のようにあちこちで流行する病気ではなくなりました。ただしウイルスはこの世からなくなったわけではなく、このウイルスは免疫を持たない場合感染力が極めて高く環境中から排除されにくいなどの特徴から、免疫のない犬猫にとっては今でも怖い病気であることは忘れてはいけません。

 

レトロウイルス

(レトロウイルス科・RNAウイルスの中で逆転写酵素を持つグループ・エンベロープあり)

一般的に遺伝情報はDNAをもとにしてRNAが情報を写し取って遺伝情報を複製していきますが、逆転写酵素は自分のRNAを鋳型としてDNAを合成(逆転写)させるという特徴を持っています。ヒトのレトロウイルス感染症はヒトT細胞白血病ウイルス、ヒト免疫不全ウイルスなどがあります。動物には動物のレトロウイルス感染症がありますがヒトと動物の間で感染することはありません。

 

猫白血病ウイルス感染症

猫白血病ウイルス(FeLV)は猫同士の食器の共有、お互いのグルーミングやじゃれあいなどで感染します。感染当初は一見健康そうに見えますが、ゆっくりと病気が進み、次第に元気がなくなり、免疫力の低下、口内炎、鼻炎、胃腸炎、病気が治りにくいなどの症状が現れ、リンパ腫や白血病などの致命的な病気を伴い、最後には死亡します。

猫免疫不全ウイルス感染症

猫免疫不全ウイルス(FIV)は血液、体液に含まれ、他の猫免疫不全ウイルス陽性猫とのケンカで感染します。猫白血病ウイルス感染症と同様に感染当初は症状はありませんが、次第に免疫力が低下し、口内炎、鼻炎、胃腸炎、けがや病気が治りにくいなどの症状がみられ、感染末期には人間のエイズのような症状が現れ死亡します。

 

これらのレトロウイルスは、はじめ無症状ですがゆっくりと進行し、徐々に免疫力が低下して死の転帰をとるという症状は共通しています。

 

真菌

真菌はカビの仲間で、菌糸型(胞子から発芽をして菌糸をのばしながら増える。パン、餅、みかんなどに生える青カビなどのグループ)と酵母型(1つの細胞から出芽して増える。パンやみそ、ビールなどを作るときに利用される酵母のグループ)もしくは両方の形態をとるものがあります。真菌と細菌は全く異なる微生物なので、細菌感染に用いられる抗菌剤や抗生物質は全く効きません。

 

皮膚糸状菌症(白癬菌症)

皮膚糸状菌症(白癬菌症)ヒトでは水虫の原因となりますが、ヒトから動物、動物からヒトにも感染します。動物の場合、フケ、円形脱毛、かさぶたを伴う赤味、痒み、丘疹(ブツブツ)などがみられます。

マラセチア症

もともと正常な皮膚に住みついている常在菌ですが、増えすぎると強いかゆみを伴う皮膚炎や外耳炎をおこします。マラセチアはブドウ球菌と混合感染をして皮膚炎をおこすことが多いです。マラセチア皮膚炎は皮膚が赤くなり、べたつき、痒み、フケ、特有の臭いを伴い、耳、わきの下、内股などに特に多くみられます。マラセチアは脂を好む性質があるので、皮脂の分泌の多い犬種や部位に多く見られる皮膚炎です。また、マラセチアが増えすぎるとマラセチアに対してアレルギー反応を示すこともあり、アトピーで皮膚のバリア機能が弱い犬や甲状腺機能低下症を患っている犬では悪化することが多いです。マラセチア皮膚炎は猫では少なく犬に多い病気です。

 

原虫

単細胞で宿主に寄生して生きる生物で、アメーバーなどの仲間です。

 

トキソプラズマ

多くの哺乳類や鳥類が感染します。ヒトでは妊娠中に感染すると子供に先天性のトキソプラズマ症をおこして重大な障害を伴い、死流産をおこすことがあるので十分な注意が必要です。猫はトキソプラズマの終宿主(最終的な寄生動物)であり、便中に感染力のある「オーシスト」を排出するので、トイレの世話や公園の砂場などには注意が必要です。猫は感染してもほとんど症状は示しませんが、ごくまれに子猫や免疫力の低下した猫でさまざまな症状を示し、死亡することもあります。

ジアルジア

ジアルジアは下痢の原因となります。新鮮な下痢便を顕微鏡で観察すると便中で動き回るジアルジアが観察されます。成犬が感染しても症状を示すことはほとんどないのですが、まだ抵抗力の弱い子犬が環境の変化やストレスがかかった時下痢をおこします。元気や食欲は正常のことが多いです。症状が重いと体重減少や発育不全をおこします。ジアルジア症は子犬での感染が多い病気です。

 

病原微生物を除去するには?

病原微生物を含む微生物を除去するにはいくつかの方法があります。全てに万能なものはないので目的や対象物によって適した方法、適さない方法があります。

 

   滅菌:病原微生物に限らずあらゆる生物を完全に死滅させるか取り除くこと

   消毒:対象となる微生物を死滅させること。必ずしもすべての微生物を死滅させる必要はな く、感染を生じさせない状態にすること

   殺菌:微生物を物理的あるいは化学的に死滅させること(滅菌+消毒)

   除菌:微生物を除去すること(全ての微生物を完全に除去する場合は滅菌となる)

   防腐、静菌:微生物の増殖を持続的に抑えること。死滅させるわけではない

 

日常的には、食器、ふきん、哺乳瓶、ジャムの瓶などは100℃ 1020分の煮沸消毒が行われます。ただし、煮沸消毒では芽胞やある種の菌の毒素などは除去されません。実験器具や手術器具、金属、ガラス器具、プラスチック製品や医療用の精密機器類は焼却、乾熱(180℃ 60分)高圧蒸気滅菌(オートクレーブ、2気圧121℃ 20分)、ガス、放射線などの滅菌法が用いられます。これらはすべて「物理的な方法」となります。

一方、インフルエンザウイルス、コロナウイルスなどの日常的な対策としては全ての微生物を死滅除去する「滅菌」ではなく「消毒」が行われますが、手指や皮膚、器具、食器や傷、手術野の消毒には「化学的な方法」いわゆる消毒薬による消毒が行われます(消毒用アルコール、クレゾールせっけん液、逆性せっけん、ポピドンヨード、次亜塩素酸ナトリウムなど)。消毒薬は「何(手指、器具、傷口、汚物など)を消毒するのか?」、「何(細菌、ウイルスの種類、細菌なら芽胞菌かどうか)を取り除くために?」などによって選択される消毒薬は異なってきます。また、これらの消毒薬には有効かつ安全に使用できる濃度の指定があります。

新型コロナウイルスに有効とされる消毒用アルコール(70%エタノール)は多くの細菌やエンベロープを持つウイルスには有効ですが、芽胞菌やエンベロープを持たないウイルス(ノロウイルスやパルボウイルスなど)には効果がありません。ウイルスのエンベロープは脂肪、タンパク質、糖タンパク質からできているので、アルコールで脂肪が溶かされるとエンベロープを持つウイルス(インフルエンザウイルスやコロナウイルスなど)は構造が壊れてしまうので失活します。

塩化ベンザルコニウムは逆性せっけんであり、刺激もなく手指の消毒にも利用されますが、普通のせっけんで手を洗った後に利用すると効果を打ち消しあってしまうので併用は進められません。また、逆性せっけんはウイルスに対しては効果がありません。最近では手押しポンプに入った、エタノールと塩化ベンザルコニウムがミックスされた乾性擦式手指消毒薬もよく目にします。コロナウイルスなど感染症が気になる昨今ですが、まずは手洗いが基本です。流水とせっけんを使用した丁寧な手洗いと合わせて消毒薬を適切に利用し、上手に感染症から身を守っていきましょう。

 

病原微生物と戦う武器 ~抗菌剤・抗ウイルス剤・抗真菌剤~

私たちの身の回りには病原微生物がたくさんいます。私たちはそれらに対し、自身の免疫の力や消毒などで対抗しますが、万が一感染してしまったときは病原微生物を攻撃する武器として抗菌剤や抗ウイルス剤、抗真菌剤などを使うことがあります。病原微生物に対抗する手段としてワクチンもありますが、ワクチンは他のところで書いたので今回は説明から除きます。

 

抗菌剤

抗菌剤は私たちの身体の細胞(真核細胞)を傷つけずに細菌(原核細胞)を倒すことを目的とします。そのため真核細胞と原核細胞の違いに着眼して攻撃を行います。

l  細胞壁を標的とする薬

細菌が持っている「細胞壁」の合成を阻害して細胞壁を消失させて細菌を殺す

l  タンパク質合成阻害剤

細菌のタンパク質の合成を阻害し、細菌の生育を抑え込む

l  核酸(DNARNA)合成阻害

細菌のDNARNAの合成を阻害することにより遺伝情報を発現できなくさせてタンパク質の合成を停止させる

l  細胞膜機能阻害

生命を維持するために必要な細胞膜の透過性に関与し、選択的な透過性を変えることによって細菌の細胞内成分が放出されて死滅する

l  葉酸合成阻害

細菌の代謝に必要な葉酸と構造が似ている成分を利用して細菌の葉酸の生合成を阻害する。薬剤がなくなると正常の機能に戻ってしまうので殺菌的ではなく静菌作用(細菌の増殖と活動を停止または低下させて起こる効果)とされている

 

抗ウイルス剤

ウイルスは細菌に対する抗菌剤のようにウイルスを殺す薬は存在しません。そのため、ウイルスの増殖過程のどこかを阻害してそれ以上ウイルスが増えることができないようにすることを目的としてインターフェロンや抗ウイルス剤が使用されます。

 ウイルスは宿主の生きた細胞に寄生して宿主の細胞の構造を利用しながら増殖しているので、宿主の細胞の機能に影響を与えないようにウイルスを阻止するのはとても難しいことなので、細菌に対する抗菌剤に比べると圧倒的に少なくなります。また、全てのウイルスに対して万能な抗ウイルス剤はありません。

l  インターフェロン

ウイルスが細胞に感染すると細胞内に誘導される抗ウイルス性のタンパク質。ウイルスのRNAの切断やウイルスのタンパク質の合成を抑制する作用がある

l  核酸(DNARNA)合成阻害

ウイルスのDNARNAの合成を阻害することにより遺伝情報を発現できなくさせてタンパク質の合成を停止させる

l  プロテアーゼ阻害剤

HIV薬として開発された薬。HIVウイルスが細胞に作らせた複合タンパク質は、ウイルス自身が利用できるピースに切断する必要があります。その時に複合タンパク質を切断するために使われるのがプロテアーゼという酵素で、このプロテアーゼを阻害することによってウイルス粒子の組み立てを阻止してウイルスの産生を抑える。新型コロナウイルスに対して効果がありそうなデータも出てきていますが、今のところはまだ有効性は確立されていません

l  その他

他にもウイルス固有の酵素やウイルスが宿主の遺伝子に遺伝情報を組み込ませることを阻害するもの、ウイルスが細胞に感染・侵入する部位に作用するものなど、日々新しい抗ウイルス剤が開発研究されています

 

抗真菌剤

真菌は私たちと同じ真核生物なので細菌に対する抗菌剤のような方法はとれません。そのため抗真菌剤の開発にはとても時間がかかったようです。私たちの細胞と真菌との大きな違いは「真菌は細胞壁をもっている」ことと「細胞膜の主成分としての脂質が異なる」という点です。これらに着眼して抗真菌剤は開発されています。

l  細胞膜成分を標的

私達を構成する細胞と真菌では細胞膜を構成する脂質の成分が違うことを利用し、真菌に対してのみ含まれる細胞の成分をターゲットとして膜合成や膜の機能を阻害して抗真菌作用をしめす

l  その他の作用の薬剤

DNA合成阻害と異常RNAを生成させる、細胞壁の合成酵素を阻害、真菌の細胞分裂に関与する紡錘糸の移動を阻害するなどで抗真菌効果を示す

 

抗原虫薬

原虫のDNAを切断することなどにより原虫の生命活動を阻害する薬などがあります。

 

薬剤耐性菌と耐性ウイルス

さまざまな抗菌剤、抗ウイルス剤が日々研究開発されていますが、細菌やウイルスサイドも次々と薬剤耐性菌、多剤耐性菌、耐性ウイルスを出現させてきているので、新薬の開発と耐性力の獲得はいたちごっこ状態です。

 

薬剤耐性菌・多剤耐性菌

細菌は薬剤に対して、例えば下記のような様々な変化をして対抗します。また、これらにより薬剤耐性を獲得した細菌は、薬剤耐性の情報としてDNAに変異が入ったり、耐性の情報を持ったプラスミド(細菌の核の外に存在し、細胞分裂をしたときに引き継がれるDNA)を持ったりしています。そしてこの耐性の情報はプラスミドやファージ(細菌に感染するウイルス)を通じて、まだ耐性を持っていない細菌に移行や感染をして広まっていきます。

l  薬剤の標的となる酵素を変化させる

l  薬剤が効かないように攻撃(薬剤の構造を分解)して抗菌剤を不活化せる

l  薬剤が菌内に入ってこないように膜の穴(ポーリン孔:グラム陰性菌の外膜の穴)の数を減らしたり薬剤を外にくみ出す機能を向上させたりする

 

薬剤耐性ウイルス

抗ウイルス剤に対するウイルスの耐性は、標的の酵素の遺伝子に変異が起こり、薬剤が標的に結合できないようになって薬剤の作用が発揮できなくなるのがほとんどです。またウイルス自体がある種の酵素を欠乏しているか酵素に変異が起こっている場合にも耐性を獲得することがあります。

 

終わりに

今世界中は新型コロナウイルスであるCOVID-19の話題で持ちきりです。人類が一日も早くこのウイルスをコントロール下に置けるようになることが待ち遠しい限りです。

私達獣医師は日頃から動物の診療に携わる中で日々感染症とも対峙してきました。日常の診療で今回書いたような細かい微生物学的なお話をすることはあまりありません。本来、感染症はヒトならば医師が、動物ならば獣医師が診断し、それぞれが治療方針を立て薬剤等を処方し、時にワクチンや消毒などの指導をするもので、患者さんは医師や獣医師が提示した方法に沿いながら個々の症例について微調整をしながらともに克服していくものだと思います。

ただ、世の中がこんなに感染症に振り回されているようでは患者さん自身が感染症をおこす原因や予防についてよく知り、専門家や医師、獣医師の言うことを受け身の姿勢で待つだけではなく、自らを守るすべを一つでも多く身に着けることも大切だと思います。

感染症は人類が撲滅や封じ込めに成功したもの、かつては猛威を振るったが今は治療や予防法が確立されたもの、地域によって過去の病気になりつつあるもの、それほど凶悪ではない代わりに日常的に周囲に常にあるもの、新しく出現した新興感染症などがあります。感染症は「ばい菌によってかかる」といった漠然としたものではありません。全ての感染症には原因、感染経路、宿主の要因、環境などの感染が成立するための要因があり、感染症の種類によってはワクチンや治療薬があります。

今回の内容はなるべく広く浅く書いたつもりです。でもいつもより難しい内容になってしまったかもしれません。しかし、「知識は武器になる」と私は信じています。噂や風評に左右されず、正しい情報をキャッチしてください。今世界の目の前の問題は新型コロナウイルス:COVID-19かもしれませんが、これからも従来からある感染症が問題になることや、また新しい感染症が出現することもあるかと思います。自分や家族を守るため、大切なパートナーである犬や猫をはじめとした動物たちを守るためしっかりと前を向いてこの時代を生き抜いていきましょう。

 

 

参考文献:好きになる微生物学 渡辺渡 講談社(2020107日第7刷)

 

     休み時間の微生物学第2版 北元憲利 講談社(2019225日第5刷)