デンタルケア ②

 

犬や猫を飼っていてこんなことを考えることはありませんか?

「私達は毎日歯みがきをしているのに、この子たちは歯みがきをしなくてもよいのかしら?でも、犬や猫の歯みがきのCMも目にしないし、動物だから自分でブラッシングなんてできるわけもないし。野生動物だって歯みがきはしないように本来動物は歯なんてみがかなくても大丈夫で、歯みがきは人間だけのもの…。それに、うちの子はとてもとても歯みがきなんてさせないし。…でも、口は臭いしこの歯石、簡単にとれないかしら…。」

さて、その考えは正しいのでしょうか?

正解は「本当は犬や猫にも歯みがきは必要」なのです。でも、それは何故なのでしょう。

 犬も猫もキレイな歯(病院で歯垢、歯石を除去し、ツルツル・ピカピカにみがきあげた歯)は、約20分で表面は「ぺリクル」という唾液由来の糖タンパク性の膜で覆われます。ペリクル自体は無菌で、歯をコートし酸などから守る大切なものです。しかし、このペリクルを足場として歯垢(プラーク)の付着が始まります。歯垢は虫歯菌や歯周病菌などの微生物のかたまりです。他には口の中の白血球、唾液由来のタンパク質、口腔粘膜の上皮細胞、食物残渣(食べカス)などから構成されています。食べカスは歯垢そのものではないのですが、口の中の細菌は食べカスを栄養源としているので、歯垢とは密接な関係があります。歯垢はネバネバしているので水を飲んだり(人間の場合うがいや洗口剤を利用したり)」程度では落とせませんが、物理的にこすり落とすという「ブラッシング」で簡単に落とすことができます。しかし、歯垢も時間がたつといろいろな雑菌類が層状に、細菌同士が様々な物質を出しあって結びつき、ヌルヌル・ネトネトの膜状に結束してこびりつき、口の中の自浄物質や免疫物質、抗生物質などが届かないようにびっしり張り付いてしまいます。これが「バイオフィルム」といわれるものです(歯垢はバイオフィルムの一種、もしくは同じものだという考えもあります。)。 

 バイオフィルムは比較的新しく言われはじめた言葉なので歯垢やプラークなどより耳馴染みがないかもしれません。バイオフィルムは口の中だけでなく身近なあちこちにあります。例えば台所の三角コーナーや水回りに発生する「ぬめり」、川の中の石の表面のヌルヌルなどです。いずれもこびりつき簡単にこすり落とせないものですね。これの口の中バージョンが今回お話ししているバイオフィルムです。歯垢がバイオフィルムとなりびっしりこびりつくともうブラッシングでは取り去ることができなくなります。そして、それらに唾液中のカルシウムやリンが加わり歯石となります。歯石になるのは人間の場合25日くらいといわれていますが、犬では25日、猫では1週間ぐらいです。これは人間に比べて動物は口の中がアルカリ性で虫歯が少ない代わりに歯石ができやすいという口内環境の違いによります。歯石になるとその中の細菌はカチカチに閉じ込められ働くことはできませんが、歯石表面のザラザラは歯周病菌の付着する格好の足場となり、いよいよ歯周病が悪化していくこととなります。そして、歯石はいくら頑張ってブラッシングしても落ちることはありません。

 歯周病菌は毒素を出して歯肉にダメージを与え、炎症をおこし、炎症によって作り出された物質がさらなるダメージを与え歯肉炎から歯周病へと悪化していきます。歯肉炎がおきると歯肉が腫れ、歯周ポケットが深くなり、歯肉の退行、歯のぐらつきがみられ、さらに進行すると顎や頬の骨を溶かしてしまうこともあります。歯が抜け落ちてしまうこともあります。歯の根のところまで感染が進むと「根尖周囲膿瘍(歯槽膿瘍、歯根周囲膿瘍)」となり目の下や頬が腫れ、骨を溶かして血膿があふれ出します(皮下膿瘍、外歯瘻)。なかには目の後ろや副鼻腔に膿がたまり、血膿の涙や血混じりのくしゃみが出たり、たまった血膿で額が腫れあがったりすることがあります。こうなっては原因となっている歯を抜いて化膿している部位を掻きだしてきれいに消毒をして縫合する外科手術を行うしかありません。しかも、このような症状を訴える犬や猫達は高齢で心疾患、腎疾患、その他の持病のため全身麻酔下での抜歯等の手術を実施するにはハイリスクとなってしまっているケースが多いです。理想は全身麻酔下での手術だとわかっていながらもやむを得ず内科的に抗生物質を投与するなどの消極的な処置しかできないこともあります。しかし、根尖周囲膿瘍は菌と膿の塊なので抗生物質の内服や注射では完治することはありません。化膿巣をかかえながら、だましだまし行くしかありません。もちろん化膿菌が全身に及んでしまう危険もあります。また下顎の骨が溶けて弱まると簡単に下顎骨折を起こしてしまうこともあります。下顎骨折となると治療は一層難しくなります。

 歯肉炎から歯周病へと悪化した場合、歯肉は腫れてすぐに出血し、歯肉も歯も歯を支える顎の骨もボロボロになってしまうことは上に述べた通りですが、それだけにとどまらずバイオフィルムとなった菌の塊は歯周組織からバイオフィルムごと血流にのって体内に入り込み、血栓、化膿性腎炎、心内膜炎、肝膿瘍、肺炎などを引き起こすことがあります。我々獣医師も、デンタルケアは「口臭や歯石で汚れている」という目先の問題ではなく「全身疾患の予防の一つ」と考えています。ご家庭でもデンタルケアができるかどうかでこれらの病気にかかるリスクを下げることができるなら、何とか家族である動物達に自宅でできるデンタルケアに取り組んでみようと思いませんか?

 

どうしたら歯みがきをさせてくれるの??

 今までの説明でデンタルケアの大切さはよくわかったと思います。では、現実問題として目の前の愛犬・愛猫に対して何をどこから始めればよいのでしょう?

 ここで大切なのはスモールステップでご褒美を使いながら気長に気長に動物達が安心できるペースで進めていくことです。愛犬のおすわりやお手もほめながら少しずつ教えたことを覚えていますか?意外に思われるかもしれませんが猫も教えればおすわりやお手ができるようになります。成功の秘訣は上にも述べたようにご褒美(おやつ)と動物が飽きない短時間のトレーニングを気長に繰り返すことです。水族館のアシカやイルカ、シャチなどもそのような地道なトレーニングを積んでいろいろな芸を私達に見せてくれるようになるのです。

 

 その子の性格や年齢、経験などによりマスターしていくペースは異なります。11つのステップが1週間もかからずにできるようになる子がいれば1ヶ月以上かかる子もいますが、あせらずコミュニケーションのひとつと思ってまずは始めてみてください。